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「偶然の出来事」をチャンスに変えキャリア形成に活かすには (2019年1月)
主任研究員 吉村 謙一
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社会人のキャリア構築に関する理論として、一般的には「キャリア・アンカー理論」がよく知られている。キャリアを船に例えて、アンカー(錨(いかり))を下ろすように自身の適性や価値観、欲求などを見出したうえで、それに対応するようあらかじめ設定したキャリアゴールを目指してキャリアを積んでいくというものだ。

しかし、社会変化が激しい昨今、キャリアをすべて計画的に形成するというのは現実的ではない面もある。海外で行われたある調査によると、18歳の時に考えていた職業に就いている人は全体の約2%に過ぎないという。そこで一部で注目されているのが、スタンフォード大学のJ・D・クランボルツ教授らが1999年に提唱した「計画的偶発性理論」(Planned Happenstance Theory)と呼ばれるキャリア理論である。

同理論によると、個人のキャリアの8割は予想しない偶発的な出来事によって決定されるという。そこで、キャリアにおける偶然の出来事の影響を軽視せず、むしろ積極的に取り込みキャリア形成に活かすことをクランボルツ教授は主張する。そしてそうしたキャリア形成につながる偶然、すなわち「計画的偶発性」をできるだけ意図的に発生させるように自ら働きかけ、失敗を恐れず最善を尽くし、自身のキャリア形成に役立てるべきだというのがこの理論の概要である。

偶然の出来事を「計画的偶発性」に変えるには、好奇心・持続性・柔軟性・楽観性・冒険心の5つのスキルが重要だという。同理論を紹介した著書『その幸運は偶然ではないんです!』(ダイヤモンド社刊)で同教授は、「結果がわからない時でも、行動を起こして新しいチャンスを切り開くこと、偶然の出来事を活用すること、選択肢を常にオープンにしておくこと、そして人生に起こることを最大限に活用すること」が重要だとこのスキルの活用法を説明している。

ここで注意しないといけないのは、この理論では計画を立てること自体を否定しているわけではなく、「うまくいっていない計画に固執するべきではない」と指摘している点だ。先述の通り変化の激しい現在では、計画が想定通りに進まないことも多く、計画したキャリア以外の可能性を捨ててしまうことにつながりかねないためである。

とはいえ、偶発性を重視するあまり何の具体的な指針もなければ、企業も個人もキャリア形成に取り組みにくいのは事実だ。そこで、適性を踏まえたキャリア形成と偶発性を活かすキャリア展開の両方を意識しながら様々な行動や意思決定を行うことが、企業と個人の両方にとって有用な考え方ではないだろうか。

目の前のことに集中してベストを尽くし、人間関係を深めて可能性を広げること。積極的にチャンスを模索しながら、視野を広く持ちオープンマインドでいること。そしてとにかく行動すること。同理論が示唆するこうした姿勢は、キャリア形成において今後ますます重要となろう。


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