一般財団法人 南都経済研究所地域経済に確かな情報を提供します
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常務理事 阪本 安平
桜を想う

日本人にとって桜は特別な花と言えます。

古くから日本人に親しまれてきた桜の花は、法的に定められてはいませんが、国花のひとつとされています。

3月初めになると、雑誌では桜に関する特集が組まれ、桜の名所等桜に関する記事が数多く掲載されます。現代のように新しい楽しみがたくさんある中でも、昔ながらの花見が賑わい、その様子がTVニュースの映像で映し出されます。ホームページでは刻々と桜の開花状況を詳細に伝えられています。

ウェザーニューズが2010年4月に行った「全国お花見調査」では、「日本の春を象徴する桜、あなたは好きですか?」という質問に対して、85%が「とっても好き」、14%が「まあまあ好き」と回答。99%の人が「桜が好き」とのこと。残り1%も「どちらでもない」とのことで、日本人の桜好きが伺えます。

なぜ日本人はこれほど桜が好きなのでしょうか?それは、科学的温度観測ができなかった時代には、桜の開花が農業開始の指標となり、暖かい春を告げるのが桜の開花ということでそれを待ちわびる人が多く、古くから日本人の生活に密接に関わった植物であったこと。そして、何といっても満開の見事さにあると思われます。少し前に咲く梅や桃と比べて花の数が多い。一方、花期が短く、咲いて汚れないうちに散るという桜の短命さが、日本人の国民性に合うのではないか。そして一斉に散る散り方が見事で、一陣の風に吹かれて散る様はまさに花吹雪と呼ぶにふさわしいなどが考えられます。

ある旅行雑誌の2013年読者アンケートの「ご当地名桜」では1位「吉野山の桜」、2位「弘前公園」、3位「三春(みはる)滝(たき)桜(ざくら)(福島県)」の順となっています。こうした名桜が並ぶ一方で、名もなき桜にも物語があります。母校の校門に続く桜並木、校庭に咲いていた桜、そしてどこかでひっそりと咲くヤマザクラ。自分の思い出と重ね合わせて日本各地の桜をあらためて眺めてみたいと思っています。

同じ桜の木でも、一瞬ごとにその咲いている様子は違います。まさに一期一会。今年も新しい発見があればと思います。

投稿者:常務理事 阪本 安平|投稿日:2013年4月
常務理事 阪本 安平
歳をとると1年は短い?

年賀状の予約申し込みの案内を目にするようになり、今年もあと2カ月余りを残すだけとなった。この時期になると、妻との会話の中に、必ず「1年の経つのがあっという間だ」という話題が出てくる。この話、我々夫婦だけでなく同年代の者からよく聞く話である。要は、歳をとると時間の経つのが速く感じるということである。

1年は365日と子どもの頃と変わらないのに、歳をとるにつれて、時間感覚に加速がつくのか不思議である。

振り返ってみると、30歳を超えたころから、時間感覚が早まり始めたと思う。小学生のころは正月から来年の正月までの1年をとても長く感じていたものが、その年代になると、あっという間に過ぎ去っていった。その感覚は40歳を過ぎてさらに強く、仕事や生活の年間予定があっという間に終わってしまう。毎年毎年よく似たことを繰り返している自分に、なんとなくむなしさを感じることがあった。50歳を過ぎると、1年がさらに短く感じられた。そして、間もなく60歳になり、それはさらに速く感じると思われる。この時間の経過感覚が加速する原因は何であろうか。

19世紀フランスの哲学者ポール・ジャネが提唱した 「ジャネの法則」によると、主観的に記憶される年月の長さは、年少者にはより長く、年長者にはより短く評価される。簡単にいえば生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢の逆数に比例する。

例えば、50歳の人間にとって1年の長さは人生の50分の1ほどであるが、5歳の人間にとっては5分の1に相当するのである。

また、ある書物によると、「長く生きているといろいろな経験を重ねるにつれて、『感動』が少なくなるので、ただ淡々と時間が過ぎるだけになるのではないか」とあった。例えば、「ある観光地を訪れるために同じ道を往復するに、往きは長く感じても、帰り道はあっけないほど短く感じる。それは、往くときは新鮮な発見があっても、帰り道はその新鮮さがなくなるのと同じである」というのである。つまり、人生に馴れてしまい「感動」を失うことが問題であるという。

多くのことに、胸躍らせていた時代の心持ちに戻ることができたら、長い1年を取り戻せるかもしれない。

投稿者:常務理事 阪本 安平|投稿日:2012年10月
常務理事 阪本 安平
流行語大賞「なでしこジャパン」

2011年を振り返るとき、未来永劫「東日本大震災」があった年と語り継がれるのは間違いない。3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は2万人以上の死者行方不明者を出しただけでなく原発事故を誘発するなど今もなお大きな影響を与えている。その2011年の流行語大賞が「なでしこジャパン」、言わずと知れたサッカー女子日本代表の愛称である。ドイツで行われた、第6回FIFA女子ワールドカップで強豪国を次々と打ち破り、世界の頂点にまで登りつめた姿は、絶望が漂う日本に大きな感動を与えてくれた。

決して彼女達は初めから強かったわけではない。何度も何度も失敗し、女子サッカー界の存続の危機を迎えても諦めず戦い続け、磨いた力で世界一の座を勝ち取った。そんな姿に現在の日本をだぶらせ、諦めなければ必ず報われる日が来ると、希望を持った人も少なくないはずである。

しかしその時がいつになるかはわからない。女子サッカーはここまで来るのに約30年かかったが、日本の復興に要する年月はそれより長くなるかもしれない。そのときまで被災された方、復興に携わる方々の心労は続く。そのことを私達は決して忘れてはならない。

毎年12月に1年の世相を1字で表す「今年の漢字」が発表される。2011年は「絆」だった。華麗なパスワークを駆使する全員サッカーで、世界を制したなでしこ達のように日本人全員が固い絆を結び、これからも共に努力していく必要があると思う。

年が明け、彼女達は今年、舞台をW杯からロンドンオリンピックに変え再び世界一を目指し戦う。きっとまた大きな感動を与えてくれるはずである。

さて、2012年はどんな年になるだろうか。被災地の復興のみならず、政治・経済など問題は山積しており前途多難であることは言うまでもない。しかし、どんな時でも希望は持ち続けていたい。勿論、今年が希望に満ち溢れた年になってくれれば言うことはない。最後にそうなることを祈りたい。

投稿者:常務理事 阪本 安平|投稿日:2012年1月
常務理事 阪本 安平
大地震

2011年3月11日午後2時46分東北地方をマグニチュード9.0の大地震が襲った。これは1900年以降に世界で発生した地震の中で4番目の規模にあたり、「東北地方太平洋沖地震」と命名された。遠く離れた関西の地でも揺れを感じ、私も含めて「まるで目眩がしたようだった」と振り返る人が多かった。地震により大津波が発生し、未曾有の大惨事となった。この影響で起きた福島原発の事故がこれに追い討ちをかける。

日に日に目を覆いたくなるような災害の惨状が明らかになり、TVの映像を凝視できない。実際、私が生きている間にあの阪神大震災以上の自然災害を見るとは想像もしていなかった。

しかし、被災者の方々が家族や家を失っても黙々と耐え、助け合っている姿には感動する。これは海外メディアも揃って称賛している。また被災地以外の人々がボランティアを希望したり、何か少しでも役立ちたいと一丸となって募金運動に参加している。海外でも100カ国以上の国々が支援を申し出てくれているという。私利私欲が溢れる昨今、人間も捨てたものではないなぁ・・・と、ひととき安堵する。

必ず近々また同等の大地震が起こるであろうと言われている中、一寸先に何が起こるか分からない現状を踏まえ、我が家でも緊急時の約束事を再確認した。「家族離れ離れになった時は、命優先!(物など取りに帰らない)すぐ地域の避難場所へ向かうこと!」パニック状態ではどう行動したらいいのかわからなくなるので、最低ひとつだけでも各家庭で緊急時のルールを決めておきたい。

今こうしている間にも死者、行方不明者、避難を余儀なくされている方々が増えつつある。不眠不休で救助活動をされているレスキュー隊、警察、消防、自衛隊の方々には頭が下がる思いでいっぱいだ。我々も何か役に立ちたいと思う気持ちが先走るが、今は身の回りで自分が出来ることをして、一人でも多くの命が助かることを祈るしかない。

必ず日本は復興できます! 頑張ろう 日本!

投稿者:常務理事 阪本 安平|投稿日:2011年4月
常務理事 阪本 安平
小惑星探査機「はやぶさ」

今年6月、科学の分野で日本を沸かす出来事があった。小惑星探査機「はやぶさ」の7年ぶりの帰還である。

「はやぶさ」は、自律航行技術とイオンエンジンによる長期間にわたる連続加速の実証と、小惑星のサンプル回収を行うことを目的に、2003年5月9日、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられた。2005年11月に地球と火星の間にある小惑星「イトカワ」へ着陸、科学観測を実施した。そして、その表面から物質のサンプルを持ち帰るため、3年前から地球へ向け航行を始め、2010年6月13日、60億キロメートルの旅を終えてオーストラリアの砂漠へ回収カプセルを投下、機体は大気圏で燃え尽きた。

私自身、「はやぶさ」の存在すら忘れていた。しかし、姿勢制御エンジンの故障、通信の途絶など多くのトラブルを克服して、地球に戻ってきた「はやぶさ」の映像を見て、夢や勇気、希望を感じたのは私だけではないように思う。

月以外の天体に着陸して地球に帰還したのは「はやぶさ」が世界初。その旅をイオンエンジンで成し遂げたことは、今後の人類の宇宙探査の可能性を広げたものであり、日本の技術水準の高さを世界にアピールした。

また、「イトカワ」のサンプルが採取されており、今後の日本での分析により太陽系の謎の解明に貢献できることを、大きな期待を持って見守りたいと思う。

日本はロケットを打ち上げ、宇宙探査機の技術でも世界屈指のレベルを維持している。ところが、この日本のリードを台無しにしかねない問題が発生した。「はやぶさ」の後継機の今年度予算が「事業仕分け」によって大きく削られた。しかし、今回の地球帰還を受けて、管首相らから予算措置に前向きの発言が出ているという。

多くの科学技術のなかで、将来、経済を活性化するものがいくつあるかを予測することは不可能である。仕分けでその可能性を摘んでしまうと外国にその技術を開発され、そこから生まれる利益を得ることができなくなってしまう。科学技術の進歩は人々に夢を与え、「技術立国」に向けて進むためにも、しっかりとした政治の力強い後押しが大切である。

投稿者:常務理事 阪本 安平|投稿日:2010年8月
常務理事 阪本 安平
「もったいない、食品ロスを削減する」

農林水産省の発表によると、平成20年度の食料自給率(カロリーベース)は41%で、平成19年度から2年連続して上昇したが、依然と多くの食料を輸入に頼っている。一方、世界の食料需給は人口の増加や経済発展により、不安定な状況にある。

大量生産・大量消費の経済活動は、生活をより快適にする反面、大量の廃棄物を発生させている。

世界では約9.6億人が栄養不足といわれ、開発途上国で飢餓が問題となっている。日本では、景気が低迷するに伴い節約志向が強まるなかでも、食品が大量に捨てられている。食品廃棄物の量は年間約1,900万トン、その中には約500~900万トンの「食品ロス」といわれる本来食べられるものが含まれている。食品ロスとは、規格外品、余剰在庫、売れ残り、賞味・消費期限切れ食品である。食品廃棄物の約1/4~1/2が食べることのできる食品であり、まさに「もったいない」の一言であり、食べ物への冒涜でもある。

食品ロスを出さないためには、発注精度の向上や賞味期限等が短くなった食品の割引販売による売り切りを行うなどの取り組みがある。個人的にもそれを狙って、夕方6時以降のデパ地下やスーパーへ行ってその恩恵を受けている。

また、足の折れたカニや、傷のあるリンゴなど正規品として販売できない食品を割安で販売する「わけありグルメ」が通販などで人気を集めている。

しかし、これらの取り組みを行ったとしてもロスをなくすることはできないと思われる。製造側では、消費者の好みに合わせた食品を追求しており、商品の入れ替えによるロスは避けられない。一方、小売側では顧客のニーズに応え、品切れを避けるため少し多目の発注が必要であり、最低限のロスは避けられない。ロスをなくすることができないのであれば、できるかぎり食品として有効に活用するフードバンク活動への寄贈などがある。

今後とも安定的な食生活を送るためには、食べ物への感謝の心を大切にして、「賞味期限等に頼ることなく五感で個別に食べられるかを判断する」「自分の適量を知り、残さず食べる」など食に関する習慣を見直す必要があるようだ。

投稿者:常務理事 阪本 安平|投稿日:2009年11月
常務理事 阪本 安平
企業スポーツ

米サブプライムローン問題に端を発した世界的な金融危機とそれにともなう実体経済の悪化を受けて、企業のスポーツ離れが進んでいる。

昨年12月にホンダが2008年限りで自動車レースF1活動から撤退を発表。その後、スズキとスバルが世界ラリー選手権の参戦を休止、さらに三菱自動車も09年限りで「ダカールラリー」参戦終了をそれぞれ発表した。

企業のスポーツ離れが加速しているのはモータースポーツだけではない。硬式野球、サッカー、アイスホッケー、アメリカンフットボール、卓球等多種のスポーツにわたっている。各企業とも急激な業績悪化に対応するため経営合理化の一環から活動の休止を決定したようだ。 企業の論理としては正しいかもしれないが、企業イメージとしてマイナスになるようにも思われる。

企業スポーツは、社員の福利厚生に始まり、社員の士気高揚に活用され、企業の広告・宣伝の手段、社会・地域貢献としてのそれぞれの役割を果してきた。

何のために企業チームを所有するのか明確な理由のないまま、それが長年続いているという企業も少なくはない。しかし、企業スポーツが日本のスポーツのレベルの向上に貢献していることも事実であり、企業スポーツの撤退が続けば、競争力の低下は避けられない。

景気の底はまだ見えず、企業のスポーツ離れが続く可能性は今後まだまだある。企業は大学や高校の優秀な選手の受け皿であり、こうした事態が続けば学校スポーツの衰退にもつながる。

日本が世界中で活躍するなか、日本のアニメが世界で賞賛されたり、国際的活動で日本の評価が高まることより、スポーツで日本代表チームや日本選手がオリンピックや国際大会で活躍するほうが、より「うれしく」感じるのは私だけではないように思う。

スポーツを取り巻く環境は益々厳しくなり、大会からのスポンサー離れも増加している。企業のスポーツからの撤退は日本の競技力低下を招くばかりか、国民の幸福感にも影響を与えるであろう。

今、企業スポーツが不況の荒波に翻弄され大きな転換点にある。国、企業、そして地域社会が今後のスポーツ振興をどのように担うべきか見直す時期に来たようだ。

投稿者:常務理事 阪本 安平|投稿日:2009年3月